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東京高等裁判所 昭和35年(う)2059号 判決

控訴人 被告人 上村進 外一名

弁護人 松本正己

検察官 吉川正次

主文

本件各控訴を棄却する。

被告人石渡絃万に対し当審における未決勾留日数中百日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は被告人石渡の弁護人平井二郎、被告人上村の弁護人松本正己各提出の各控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

平井弁護人の控訴趣意第一点 事実誤認の主張について。

所論の一は、原判示第一の各事実につき、原審は被告人等が変造小切手によりその額面額又はその割引額を騙取したと認定しているが、変造前の小切手額については所持者は正当に支払をうける権利があるのであつて騙取額は変造後の小切手額面額より変造前の小切手額面額を差し引いた金額と解すべきであるから原判決は事実を誤認したものであるというにある。

しかしながら本件変造により判示第一記載の小切手は全然無効に帰し何人もこれを用いて支払を受ける権利を有しないことは明らかであるところ被告人は該変造小切手を用い相手方をして真正に成立した小切手の如く誤信せしめて各小切手の変造額面額或はこれに基く割引額相当の金員の交付を受けたものであるから、右金員は夫々不可分的に詐欺罪の目的物となり、所論のように変造前の額価額を控除すべきものでないから所論は採用の限りでない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 長谷川成二 判事 白河六郎 判事 関重夫)

弁護人平井二郎の控訴趣意

第一点一、原判決は、罪となるべき事実第一で、被告人石渡(以下単に被告人という)と被告人上村は共謀して小切手を変造し、これを用いて金円を騙取したとし、騙取額は右小切手額面額又はその割引額であるとするが、不当である。

即ち、右小切手はいずれも変造される前の額については正当に成立したものと認められるから、これを所持する者は、たとえ変造者であつても、右額については支払銀行で支払を受け、又は割引を受け得る権利を有するのである(小切手法第五〇条、鈴木竹雄著手形法小切手法一六九頁)。ところで他人より財物の交付を受ける正当の権利を有する者が、欺罔手段により右権利の範囲を超えて財物の交付を受けた場合は、詐欺罪は犯人の領得した財産の全部につき成立するのではなく、犯人が正当な権利の範囲外において領得した財産についてのみ成立するものと解すべきものである(大阪高裁昭和二六年六月二二日判決。同旨、大審院大正二年一二月二三日判決。)。従つて本件被害額は、いずれも右変造後の金額よりその前の記載金額を差引いた金額と解すべきであつて、被告人等が変造前の金額を受領したのは、他に支払うべく保管していた小切手を横領し、その事後処分であるとされるのは格別、これをも被騙取額に含ませた原判決は、事実を誤認し、法令の適用を誤つた違法があるとする他はない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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